実績・事例と専門知識

賃料増額請求訴訟における重要判例⑥

名古屋地裁令和元年7月26日判決(令和元(ワ)1057)

本件は、賃貸人が賃借人に対して賃料の増額を請求した事案です。裁判所は、差額配分法とスライド法を併用して、適正賃料を算定しました。 差額配分法は、賃貸借契約の当事者間の公平を図るために、近傍同種の賃貸借の事例に基づく賃料と現行賃料との差額を一定の比率で配分する方法です。他方、スライド法は、賃料の増減を緩やかにするために、現行賃料に一定の変動率を乗じて算出する方法です。

裁判所は、これらの方法を併用することにより、賃貸借契約の当事者間の公平と賃料の安定性の両立を図りました。 具体的には、裁判所は、差額配分法による賃料を70%、スライド法による賃料を30%の割合で採用し、これらを加重平均することで、適正賃料を導き出しました。裁判所が差額配分法を70%、スライド法を30%の割合で採用した理由は、以下の2点です。

第一に、対象不動産が名古屋市内の商業地域に所在し、周辺には類似の商業ビルが多数存在していたことから、差額配分法による賃料の算定が有用であると判断されました。差額配分法は、賃貸市場の実勢を直接的に反映できる方法であるため、賃貸事例が豊富な地域では高い説得力を持ちます。 第二に、本件の賃貸借契約が長期にわたって継続されてきたものであったことから、賃料の急激な変動を避け、契約関係の安定性を図る観点から、スライド法も一定程度考慮する必要があったためです。スライド法は、賃料の変動を緩やかにする方法であるため、長期の賃貸借契約においては有用性が高いと考えられます。

本判決は、差額配分法とスライド法の併用による継続賃料の算定方法を示した点で、不動産鑑定実務に重要な示唆を与えた判例といえます。不動産鑑定評価においては、賃料の増減額を判断する際に、差額配分法とスライド法を併用することが有効な方法の一つであると考えられます。その際には、対象不動産の立地条件や賃貸借契約の継続性等の諸般の事情を総合的に考慮して、各方法の採用割合を適切に設定することが重要です。 また、本判決は、賃料増減額請求の判断に当たっては、賃貸人と賃借人の利益の調整を図ることが重要であることも指摘しています。

不動産鑑定評価においては、賃料の増減額を判断する際に、賃貸人の利益と賃借人の利益を比較衡量し、双方の利益の均衡を図ることを目的として行われるべきであり、賃貸人の利益のみを重視して賃料額を決定することは適切ではありません。 本判決は、不動産鑑定評価における継続賃料の算定方法と考慮要素を明確にし、賃貸人と賃借人の利益調整の重要性を指摘した点で、不動産鑑定実務に重要な指針を提供したものといえます。

この記事を書いた人

酒井 龍太郎

アゲハ総合鑑定株式会社 代表取締役

大学在学中の2005年に不動産鑑定士試験に合格。2007年3月 神戸大学法学部卒業。同年4月 住友信託銀行(現三井住友信託銀行)へ入行し、退職する2015年まで不動産に関する実務に携わる。2017年3月 不動産鑑定士登録。調停・訴訟に特化した不動産鑑定士として、弁護士との協業実績多数。

弁護士向け不動産鑑定専門サイト

お問い合わせ

調停・裁判に特化した不動産鑑定ならお任せください。
不動産鑑定士が公正・中立な立場から鑑定いたします。