サブリース賃料増額交渉時の継続賃料鑑定
相談の経緯と内容
弁護士から「オフィスや商業ビルだけでなく、住宅についても賃料増額の可能性はないか」という相談を受けたのが今回の案件のきっかけであった。
依頼者は住宅サブリース契約を締結しているオーナーで、長期間据え置かれている賃料について、近年の不動産市況の変化を踏まえた増額の可能性を検討したいとのことであった。 サブリース契約書を確認したところ、一般的な「エンド賃料連動型」ではなく、「近隣の賃料水準の動向で賃料改定できる」という条項が明記されていた。この条項は、個別のエンドユーザーの賃料変動ではなく、周辺市場の賃料動向を基準とする仕組みであり、不動産本来の価値変動により密接に連動する特徴を持っていた。 契約締結から相当期間が経過する中で、近年の不動産価格上昇や賃料相場の変化を踏まえれば、現行賃料との間に相当の乖離が生じている可能性が高く、継続賃料鑑定による客観的な評価が必要な状況であった。
不動産鑑定士の対応
まず、サブリース契約の法的性質と当該契約条項の意義について詳細に検討を行った。
「近隣賃料水準の動向」による改定条項は、借地借家法第32条の適用要件である「近傍同種の建物の借賃との比較」および「土地又は建物の価格の上昇又は低下」に直接対応するものであり、法的根拠が明確であることを確認した。 この契約条項の特性を踏まえ、継続賃料の鑑定手法として差額配分法を中心としたアプローチを採用した。 当初、比較賃料法(賃貸事例比較法)の適用も検討したが、適切に比較できる賃料事例が不足していたため、これを断念せざるを得なかった。そこで、土地建物の積算賃料から差額配分法を適用する手法に重点を置き、現在の土地価格と建物の再調達価格を基礎として積算賃料を算定し、現行賃料との比較分析を行った。
評価のポイント
今回の鑑定における最大のポイントは、契約条項が「近隣賃料水準連動型」である点を最大限活用したことであった。この条項により、エンド賃料の個別事情に左右されることなく、不動産そのものの価値変動を直接反映した継続賃料の算定が可能となった。
特に重要だったのは、現在の不動産価格上昇局面における差額配分法の高い有効性である。近年の金融政策や投資需要の高まり、建築資材価格の上昇を背景として、土地の資産価値と建物の建築代金(再調達価格)が契約締結時点から大幅に上昇していた。この結果、土地建物の積算賃料から導かれる理論賃料が現行賃料を大きく上回る水準となり、差額配分法による継続賃料査定において、相当程度高い賃料増額の根拠を客観的に示すことができた。 比較賃料法については、適切に比較できる賃料事例が見つからなかったため適用を見送ったが、差額配分法による査定結果は、契約条項が想定する「近隣賃料水準の動向」を十分に反映したものとなった。 この「近隣賃料水準連動型」の契約条項は、従来の「エンド賃料連動型」と比較して以下の優位性を持っている
1. 不動産価値との直接的な連動性:土地・建物の資産価値変動を適切に反映
2. 客観性と透明性の確保:個別契約の特殊事情に左右されない
3. 差額配分法の実効性:土地価格と建築代金の上昇局面で高い継続賃料の算定が可能 最終的に、現行賃料よりも12%程度高い継続賃料を導き出すことができ、依頼者の増額交渉において強固な根拠を提供することができた。この事例は、契約条項の設計が継続賃料鑑定の実効性に与える影響の重要性と、現在の市場環境における差額配分法の有効性を示す事例となった。

大学在学中の2005年に不動産鑑定士試験に合格。2007年3月 神戸大学法学部卒業。同年4月 住友信託銀行(現三井住友信託銀行)へ入行し、退職する2015年まで不動産に関する実務に携わる。2017年3月 不動産鑑定士登録。調停・訴訟に特化した不動産鑑定士として、弁護士との協業実績多数。