実績・事例と専門知識

市街化調整区域から市街化区域への編入に伴う地代改定事例

はじめに

土地の用途地域変更は、賃貸借契約における地代にどのような影響を及ぼすのでしょうか。今回は、当初市街化調整区域であった土地が市街化区域に編入されたことに伴い、固定資産税が倍ほどに増加したケースについて、適正な地代改定額を算定した事例をご紹介します。

事案の概要

本件対象地は、賃貸借契約開始時には市街化調整区域に所在していました。しかし、その後周辺地域の開発が進み、最終的に対象地も市街化区域へと編入されました。この用途地域の変更に伴い、固定資産税評価額が大幅に上昇し、固定資産税額も数倍に跳ね上がりました。 このような状況下で、当初設定された地代が現在の土地の状況に照らして適正であるか、また改定する場合にはどの程度の増額が妥当かという点が争点となりました。

鑑定手法と試算結果

継続賃料の算定にあたっては、複数の手法を用いて多角的に検証を行いました。

①差額配分法による試算・・・当初地代の約1.7倍

差額配分法では、現在の経済価値に基づく適正賃料(新規賃料)と実際支払賃料との差額を、賃貸人と賃借人に合理的に配分する手法です。本件では市街化区域への編入という大きな環境変化を適切に反映し、当初地代の約1.7倍という結果となりました。

②利回り法による試算・・・当初地代の約2.0倍

利回り法では、現在の更地価格に期待利回り(継続賃料利回り)を乗じて、これに必要諸経費等を加算して賃料を算出します。本手法では約2.0倍という結果が得られました。

③スライド法による試算・・・当初地代の約1.1倍

スライド法は、当初賃料に変動率(地価・物価・公租公課等の変動)を乗じて現在の賃料を求める手法です。しかし本件では約1.1倍という控えめな結果となりました。これはスライド法において一般的に採用すべき各種指標について、対象土地の周辺環境の変化を適切に反映できていないものが多かったためです。

最終的な判断

各試算手法の結果を総合的に検討した結果、差額配分法を最も重視し、当初地代の約1.7倍を適正な継続賃料として決定しました。

スライド法については、当初賃料からの変動率のみに着目する手法であるため、対象土地の周辺地域における劇的な環境変化――すなわち市街化調整区域から市街化区域への編入という本質的な状況変化――を十分に反映できていないと判断しました。

一方、差額配分法は現在の土地の経済価値を適切に評価した上で、契約の継続性にも配慮しつつ、賃貸人・賃借人双方の利益を公平に調整できる手法です。市街化区域への編入という周辺環境の大きな変遷を適切に考慮できることから、本件においては最も説得力のある手法と評価しました。

実務上のポイント

本事例から得られる実務上の重要なポイントは以下の通りです。

・環境変化の重要性・・・用途地域の変更のような土地の本質的価値に影響を与える環境変化は、継続賃料の算定において最重要視すべき要素です。

・手法選択の合理性・・・複数の鑑定手法を適用した場合、それぞれの結果を機械的に平均するのではなく、対象不動産の特性や環境変化の内容に照らして、最も説得力のある手法を重視することが重要です。

・客観的事実の整理・・・相手方の主張に対して効果的に反論するためには、用途地域の変遷、開発状況、公租公課の推移等の客観的事実を時系列で丁寧に整理し、論理的に説明することが不可欠です。

なお、本件では相手方からも鑑定評価書が提出されていましたが、その内容は対象地周辺の環境変遷――特に市街化調整区域から市街化区域への編入という重要な事実――を十分に考慮していないものでした。 そこで、周辺地域の開発経緯、用途地域の変更時期、固定資産税評価額の推移等の客観的事実を詳細に整理し、これらの環境変化が地代に及ぼす影響について論理的に説明した反論意見書を作成しました。

おわりに

市街化調整区域から市街化区域への編入は、土地の利用可能性を大きく変化させ、その経済価値に重大な影響を及ぼします。このような環境変化があった場合、当初の地代設定時とは前提条件が大きく異なっているため、適正な地代改定が必要となります。 本事例のように、周辺環境の変遷を適切に評価し、複数の鑑定手法を用いて多角的に検証することで、賃貸人・賃借人双方が納得できる合理的な地代水準を導き出すことが可能となります。​​​​​​​​​​​​​​​​

この記事を書いた人

酒井 龍太郎

アゲハ総合鑑定株式会社 代表取締役

大学在学中の2005年に不動産鑑定士試験に合格。2007年3月 神戸大学法学部卒業。同年4月 住友信託銀行(現三井住友信託銀行)へ入行し、退職する2015年まで不動産に関する実務に携わる。2017年3月 不動産鑑定士登録。調停・訴訟に特化した不動産鑑定士として、弁護士との協業実績多数。

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